今年の3月から、沢木耕太郎さんのアジアからロンドンまで旅をするという「深夜特急」を読んでいました。
最近、最終巻である6冊目に差し掛かり、ようやくここまできたという達成感よりも、本を読み終わることで自分の旅が終わってしまうような寂しさを感じ、本を一時停止。旅を一時停止。
そして、同じく沢木耕太郎さんの「旅のつばくろ」を読み始めました。

この本は沢木さんにとって国内初エッセイで、JR東日本の新幹線車の中に置いてある「トランヴェール」での連載を集めたもの。
16歳のころに寝台列車を乗り継いで東北を旅した記憶を元に、大人になって「また自由に気ままに日本を歩きたい」という思いで旅をしたエッセイです。
北海道、東北、石川、山梨、長野…
高校生の頃の記憶を辿りながら、自分の人生でお世話になった方や作家として憧れていた方の住んだ街を訪れていました。
作家としての人生が変わった経験だったり、旅を通じて、人生を振り返るような文章が綴られています。
私も子供の頃に家族で行った奥入瀬や三内丸山遺跡、盛岡の専門学校時代に友人といった浄土ヶ浜など…
行ったことのある土地が描かれていたため、この本を読みながらその時の気持ちや情景が鮮明に浮かんできました。
懐かしさと同時に、二度と戻れない時間と場所なんだなと少しセンチメンタルな気持ちに。
そして、旅に行くとたまに考えるのが、このタイミングでよかったのかということ。
3年前の秋、沖縄の古宇利島に行ったとき、もう10年早ければ、さらに人の少ない透明感のある青い海を見れたのではないか。
去年の秋、ニューヨークに行ったときに、もし20年早く訪れることが出来ていたら、ワールドトレードセンターが見れたのではないか。
行ったことがないけれど、いつか行きたいと思っていた沖縄の首里城やパリのノートルダム大聖堂もそうだなー。
この本にもそんなことが書かれていました。
「旅人は、いつでもそこに行くのが遅すぎたのではないかと思う。もう少し前に来ていたらもっと自然な佇まいが残されていたであろう。…確かにかつてあの時だけが「時」だったのではなく、今も「時」なのかもしれない。むしろようやく訪ねることができた今こそが自分にとって最も相応しい「時」だったのではないだろうか。」
この文章を読んだときに、私だけが感じていたことじゃないんだ…と、心が軽くなるような、スッと自分の中に入る感覚がありました。
旅に行けるタイミングと旅に行きたいと思うタイミング。
この二つが重なった「時」がそこに行くべき「時」なんだなと。
今はその「時」を待って、また本の中の旅を満喫しよう。